2022年3月10日木曜日

ウクライナの巴御前 

  謡曲の「巴」は、義仲の愛妾「巴」の悲しい恨みを伝えています。義仲は、同じ源氏の大将に追い詰められ、粟津ヶ原
で自害します。愛妾「巴」は、薙刀を携え義仲の後を追いますが義仲に「お前は女だから、一緒に死ぬことはない。この小袖を持ち帰り弔ってほしい」と突き放されてしまいます。謡曲では、前半の「巴」は、琵琶湖粟津が原にたたずみ、義仲を忍ぶ姿で、後半は、義仲への恨みの妄執に苦しむ女武者の姿で現れます。

 「巴」は源平合戦、平家物語のひとつですが、ロシアのウクライナ侵攻のニュースに戦々恐々とする今「巴」の存在は、とても身近に感じられます。昔合戦、今戦争、昔刀、今ミサイル、今も昔も引き裂かれる男女の仲、家族の絆、国家の威信、砕かれる生活、平和。繰り返される歴史から「男性」は、いったい何を学んでいるのでしょう。国際女性デーに美しいキャビンアテンダントたちとテーブルを囲んでスピーチをされる大統領の姿をみていて思います。

 「落花空しきを知る。流水心無しおのづから 澄める心は、たらちねの」は、妄執の巴御前の名乗りの一声です。白楽天の詩に託して「落花は、この世の空しく儚いことを知っている。流水に心はなくとも自然に澄んでいる。」そして「巴」一言「澄んでいる心は、罪なものだ」と続けます。母の枕詞の「たらちね」は、ここでは「罪」としていると解説書にありました。それならわかる巴の心です。なんとも言えない諦観ですが、日本人の感性に訴えるものがあるようで人気のある謡曲として600年の時空を超えて受け継がれています。

 戦線に送り出される兵士たちには同じ数の巴御前たちがいるはずです。謡曲「巴」のように 戦う夫、恋人に未練をもつ人もいれば、為政者を糾弾すべく強い気持ちで戦う女武者も、生活を守り続ける女性も、銃後の守りにたちあがる女性もいるでしょう。インタビューに毅然として答えるウクライナの女性、ロシア市街で反戦デモに参加するロシア女性、3月8日の国際女性デーに世界で評価される日本女性の活躍。男性集団の戦闘は、絶えませんが、人類の半分を占める女性は、確実に進化しています。あなどるなかれです。





 





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