私の親たちは、戦争のなかで青春を過ごし、結婚子育てをしてきました。終戦20年の
昭和40年代になるとやっと社会も落ち着き、親たちはやりたくてもできなかったことに目を向けるようになりました。その名残りでしょうか。母の残したものを見ていると戦争時代の空白を埋めるように習い事の数々がでてきます。私の花嫁修業もそのひとつ。私は、茶道をかじりましたが、50歳になるまですっかり忘れておりましたが、転機というものでしょうか。50の手習いでお茶の先生に出会い、謡いを習い、今も続いています。おさらいをしてお稽古に通うというパターンは、懐かしくよく続いています。そして今回の外出自粛期間で一番楽しいと思えたのが一人でするお茶の時間と謡のおさらい。よい気晴らしになりました。お茶は手順を思い出しながらですが、手順通りにゆくと自分の動作が気持ちよくお茶もおいしく感じられます。謡は「屋島」で義経の亡霊が屋島の合戦を語りまた修羅道からの鬨の声に呼び戻されてゆくというブラックな内容。
お茶の師匠が「お茶も謡もこれからはじめるのがちょうどいいわよ。ひとりで楽しめるから」と話されていましたがその言葉が思い出されます。そういえば茶道も謡も戦禍・疫病渦巻く室町・足利時代の人たちを支えてきたのではなかったか。と思うとなんか嬉しい。
お稽古事をしていなくても冠婚葬祭・お祭り・町内会・学芸会と一芸を披露する場は身近にいろいろあったのが昭和という時代でした。今の都会は、住んでいるだけで気ぜわしく、演じて楽しむというおおらかな時間が削られているように感じます。不要不急の外出制限のなかでは、コンサートや演劇などの施設が閉じられてしまいました。ほんとはこういうときにこそ必要な気分転換なのですが。仕方ありません。その代わり自分の芸?を知るよい機会になりました。「芸は身をたすく」という諺がありますが。仕事でもなく、家事でもなくすっぴんの時間を贅沢に楽しむという点では、昼寝の次にランクインしてもおかしくない時間の使い方だと思いました。
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