とかくチャンピオンやヒーロー、ヒロインがもてはやされる昨今。地道に努力されている人が思いがけないチャンスをつかんで躍り出ました。真向勝負の文句なし。痛快! 痛快!インタビューで優勝の感想を聞かれ、「自分が一番驚いている」とにじみでる人柄も好感がもてます。年末年始、内外のリーダーたちのニュースに振り回されてきた庶民には、ちょっとしたプレゼントになりました。今年も「こつこつ」・・・いきましょう。
2020年1月28日火曜日
2020年1月10日金曜日
負けるな! 林檎
水害の長野の果樹園にお見舞いに行きました。仮住まいの中、果樹園と被災された家屋をみせていただき被災当時を追体験した思いで帰ってきました。周辺に山積した多量のゴミは、農業ボランティアの活躍もあってほぼ片付いていていました。穗保よりやや北側の地域でしたので道路も舗装され決壊箇所の修復も完成しているとのことでした。川沿いは広い地域にわたり工事中の旗やショベルカーが点在しています。雪空。雪が舞っていました。果樹園は、落とされた林檎で埋め尽くされています。「手で払って落としました。」といわれるご主人の声に力がなかったように感じました。おいしい林檎でしたので今年は口にできないとわかるとかえって恋しい味になるのが人情です。これだけの林檎がたわわになっている木の姿がみたいと思います。収穫寸前の果樹園を襲うなど自然とは残酷なものと改めて気づかされる思いでした。「被災から1週間がつらかった。」払い落とされた林檎と寒風が流れる根太だけになってしまった母屋の中で言い尽くせない重さを感じる言葉を聞きました。
あれから4か月 家の改修のめどがたちつつあり、1月から今秋の収穫に向けて準備を始めようかというところとのこと。前進あるのみ! 私もまたお見舞いに来ますよ。
もう近くの山々は雪化粧。暖冬とはいえこの地域が雪に包まれるのももうすぐです。雪をかぶって林檎の木の根が癒され、寒風で一日もはやく床下が乾燥して家の改修に入れますように。
2020年1月7日火曜日
2019年12月26日木曜日
リアル・サンタ
クリスマス おめでとう。と孫一からカードとダイオウショウ(大王松)の大きな松ぼっくりでできたツリーのプレゼントが届きました。私も今年は孫一に手編みの帽子を作って贈りました。ママがサンタからのプレゼントだといって渡してくれたのですが・・
孫一曰く 「おばあちゃんとおじいちゃんからのプレゼントだね。ほんとのサンタは
いつくるの?」 だまされません。孫一6歳にとってサンタは、親でもなくおじいちゃん・おばあちゃんでもなく、保育園の先生でもない、未知との遭遇なのでしょう。それをわくわくしながら待っています。それで腑に落ちました。送られてきた写真の帽子をかぶった孫一の顔がなんとも納得のいかないというふうだったわけが。
世界中の子供たちが等しくサンタの訪問に恵まれますように。
2019年12月23日月曜日
地球★爆
今年の災害は、昨年にも増して広範で大きなものになりました。押し流される家、濁流や土砂くずれの映像がいつまでも心に残ります。災害だけではありません。あおり運転の事件に代表されるような自己中心的な出来事が耳目を集めました。内外の指導者が、「何をめざしているのか?」選んだ国民の目が点になってしまうような出来事もひとつやふたつどころではありませんでした。
愛知県美術館の11月の「地球★爆」展は、まさに地球の未来に警鐘をならすような展覧会だったと思います。10人の画家による大共作展とあるようにそれぞれの作家の感性を結集したものでした。会場は、大作で埋め尽くされましたが、黒と白で構成されているということもあって疲れることなく最後まで見ることができました。
キーワードは「戦争」「反戦」「原爆」「破壊」「宇宙」「彼岸」というところでしょうか。重いテーマでしたが洗練された画面は、戦争を知らない世代にも受け入れやすかったようです。作品の前で立ち尽くしている中学生・高校生の一群を見ることができました。
私的には、山口啓介さんの原爆下の子どもの表情をアップにした象徴的な作品、
清水洋子さんの「枯野ー舟歌」「地球探し、ガリレオ計画」「大暗黒」坪井美穂さんの「イムラム・航海譚 島めぐり」「黒い雨」が印象に残りました。
芸術家は予知能力を発揮することのできる人種だと思う事があります。 2010年秋に三島の大岡信ことば館で開催された宇佐美圭司展の「大洪水へ」という作品が思い出されました。翌春の3.11東日本大震災。
地球★爆展は、10人の作家が今感じている「戦争の足音」なのでしょうか。『戦争を知らない世代が、戦争に敏感になること』が反戦につながることを感じさせてくれました。
県美術館のコレクション展の50点近いオットー・ディックスの版画(1924)は、戦時中の生死にかかわる場面を刻んでいました。1986年のクリストの包まれた旧ドイツ帝国国会議事堂、ベルリンのためのプロジェクトの素描は、強い反戦の意志を感じるものでした。
企画展とコレクション展を両方見て回るのは、結構疲れるものですが「戦争」に引きずられて見て回ってしまいました。私も「戦争」「地球★爆」に危機感をもっているかもしれません。
今年はいろいろ鑑賞する機会に恵まれましたがこれからに繋がり、共感できたMY BEST企画展のひとつでした。来年は、爆はバクでも、人の悪夢を食べる獏に活躍してもらいたいものです。
愛知県美術館の11月の「地球★爆」展は、まさに地球の未来に警鐘をならすような展覧会だったと思います。10人の画家による大共作展とあるようにそれぞれの作家の感性を結集したものでした。会場は、大作で埋め尽くされましたが、黒と白で構成されているということもあって疲れることなく最後まで見ることができました。
キーワードは「戦争」「反戦」「原爆」「破壊」「宇宙」「彼岸」というところでしょうか。重いテーマでしたが洗練された画面は、戦争を知らない世代にも受け入れやすかったようです。作品の前で立ち尽くしている中学生・高校生の一群を見ることができました。
私的には、山口啓介さんの原爆下の子どもの表情をアップにした象徴的な作品、
清水洋子さんの「枯野ー舟歌」「地球探し、ガリレオ計画」「大暗黒」坪井美穂さんの「イムラム・航海譚 島めぐり」「黒い雨」が印象に残りました。
芸術家は予知能力を発揮することのできる人種だと思う事があります。 2010年秋に三島の大岡信ことば館で開催された宇佐美圭司展の「大洪水へ」という作品が思い出されました。翌春の3.11東日本大震災。地球★爆展は、10人の作家が今感じている「戦争の足音」なのでしょうか。『戦争を知らない世代が、戦争に敏感になること』が反戦につながることを感じさせてくれました。
県美術館のコレクション展の50点近いオットー・ディックスの版画(1924)は、戦時中の生死にかかわる場面を刻んでいました。1986年のクリストの包まれた旧ドイツ帝国国会議事堂、ベルリンのためのプロジェクトの素描は、強い反戦の意志を感じるものでした。
企画展とコレクション展を両方見て回るのは、結構疲れるものですが「戦争」に引きずられて見て回ってしまいました。私も「戦争」「地球★爆」に危機感をもっているかもしれません。
今年はいろいろ鑑賞する機会に恵まれましたがこれからに繋がり、共感できたMY BEST企画展のひとつでした。来年は、爆はバクでも、人の悪夢を食べる獏に活躍してもらいたいものです。
2019年12月16日月曜日
翻訳が世界をつなぐ。
年の瀬も迫ってきている今日この頃、年賀状を前に思案の一時です。今年もいろいろありました。今年を振り返ると元号が変わった5月からの出来事が多く思い出されます。日本だけでなく世界も同様に異常気象に翻弄され、株価はジェットコースターのように乱高下し世界経済の先行きは、見通しがもてません。要になるべき大国諸氏の「私」ファーストで我も我もの勢いになってしまいました。
38年ぶりの来日となった教皇フランシスコの「日本のおもてなしや優しさは、格別であることは称賛されるべきものだが。世界を見渡して御覧なさい。日本の人たちには、もっと手を差し伸べる勇気をもってほしい」というメッセージが胸に残ります。
![]() |
| 訳:大野光子・Beverley Curran & 栩木伸明 佐々木幹朗 詩集 Sky Navigation Homeward |
アイルランドが詩や文学をはぐくむ文化であることを知るとともに日本にも詩・文学を愛する文化のあることを思い出しアイルランドに親近感をもつことができました。
最後に先生が学生さんたちに「身近で優しい絵本でもいいですよ。外国のお友達を見つけて一緒に翻訳に挑戦してごらんなさい」と語りかけられた事が印象的でした。「はじめの一歩」は、人生経験豊かなシニアの後押しがあって実現するように思います。
毎朝ニュース「世界の窓」ばかりみている私には、世界はばらばら、崩壊寸前のように思えて暗くなるばかり。聴講して思ったことは、『他国の人の詩を翻訳する。日本の詩を紹介する。その国の人との協働による翻訳の仕事のように価値観や文化的背景の理解を深める仕事は、ばらばらの世界に調和をもたらす手がかりになるに違いない』ということです。アフガニスタンの中村哲先生の実践は大きな犠牲を強いましたが、中村先生もまた日々文化や価値観の違いを大切に生きられていたことと思います。ご冥福を祈ります。
新しい年は、勇気を出して他国の人とのきっかけを作れる年になるよう小さな努力をしようと思います。まずは英語かな?オリンピックもあるし。日本人お得意のおもてなし外交に終わらず、文化や価値観を認め合うホントの外交をしたいものです。
2019年11月17日日曜日
五穀豊穣の祭祀
子殺しばかりです。スポーツ選手の活躍が唯一の救いのような昼のテレビ番組です。ビジュアルの刺激が強すぎるのは、年齢のせいでしょうか。ラジオが優しく思えます。
外憂さておきの日本、令和元年の天皇即位の催しものも大嘗祭でひと段落、天皇家の
皆さまも一息つかれていらっしゃることでしょう。大嘗祭で改めて天皇家が日本の国の成り立ちに果たしてきた役割を考える機会になりました。
私としては五穀豊穣を祈る祭祀の継承者という線をこえないようにお願いしたいものです。だれに? もちろん政府の保守系の方々にお願いです。王室交流は別としてだれを国賓にするかの責任は、時の政府にあるのでしょうから、よく考えてください。桜を見る会にお招きするわけではないのです。
そして日本人の信心は、神道ばかりでなく、仏教、キリスト教、・・といろいろで節操は、ないのです。天皇家は、戦争終結の段階で国の象徴となりました。神道の宗主に合わせて国の象徴の役割を担われたので、無理があります。無理を承知したのは国民です。
国民も国民の代表の政府も慎重に天皇家のお仕事を考えないと天皇家の存続は難しい時代に入るでしょう。「日本は平和で寛容な国、歴史を継承できる国である」という象徴を正倉院にある貴重な文物や祭祀の継承とともに天皇家の人たちに担っていただけることを願っています。
2019年11月8日金曜日
孫一 成長の秋
孫一もいよいよ6歳。保育園最後の秋を迎えます。台風の空模様を気にしながらの運動会、ハロウィン・お泊りと目白押しの秋。成長著しい孫一君。にーっと笑う笑顔には前歯がありません。遊び始めたら、広場を自転車で周回し、バスケのゴールポールを見つけるやサッカーボールを玉入れの要領で投げ入れ、まぐれで入るやブイサイン「どうだ!」。おばあちゃん思わずパチリ。飽きたかと思うと今度はおじいちゃんとフリスビー、
続けてプラスティックのバットでバッティング。おじいちゃんはへこたれませんが、来年は無理でしょう。おばあちゃんは、ついていけなくなりました。おばあちゃん表装掛け軸第1回作品 1年かかりました。孫一6歳の誕生日に
| 2字足りません。 |
渋すぎるので おまけの一冊
| 孫一! 虫さんはかみつきませんよ。 |
お誕生会で「孫一君は大きくなったら何になりたいですか?」 「王様!!」
「孫一、王様になって地球を守ってね。」と期待をかけるおばあちゃんに
小さくうなずく孫一君でした。
2019年11月6日水曜日
ながれゆくもののはやさや秋出水 久保田万太郎
今年の残暑は厳しいどころか大型の台風が次々と関東地方に上陸しました。今だ不明者の捜索が続き、被災地では、毎週ボランティアが入って瓦礫の後始末を手伝う姿がニュースで報じられています。近くの多摩川の河川敷も水をたっぷり被り、スポーツやバーべキュウを楽しむ人たちの姿は見えません。果樹園をもつ知人は、家族全員無事だったとはいえ今年の林檎の収穫はできません。
今回は、台風前日にベランダを片付けるだけに終わりましたが、停電になったら、電柱が倒れてきたら・・・、インフラが壊滅したら・・・と考えなければならないことがいっぱいあることに気づきました。東京都が配布している東京防災という黄色い表紙の本も知りました。いざとなったら何もできないことがわかりましたので日ごろできることをしようという気持ちになったところです。
東京防災 https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/1002147/index.html
私の50代は親の介護と看取りに明け暮れ、60代はこどもたちの巣立ちに付き合う日々。
伊勢湾台風は、ともかく台風の被害にあわず阪神淡路や東関東大震災に巻き込まれることもなく過ごせてきたのは、幸いとしか言えません。どんな災害にいつ見舞われるかなどだれもわかりません。私の60代後半戦は、被災者・地を応援しながら身の回りをシンプルにできることはやっておこうということになりそうです。あまり時間のないような気がするは私だけでしょうか。
自分が70代・80代で被災したら・・・何がしてほしいだろう。そんなこと満開を迎える菊を見ながら考えています。
登録:
投稿 (Atom)
孫美!誕生
同じ日 孫一のところではクロアゲハが羽化しました。 次女の出産で 大阪にきています。生後まだ10日。右も左もわからないのは、若い親たちも同じです。「意外とわかってるな」と30数年前の記憶と孫一の時の記憶をたぐりながらおばあちゃんは、がんばって「子育て支援」の一端を担っていま...
-
子どもは世界中でどこでも同じように大人たちに見守られて育たつべきなのに 暖かい毛布一つ、スープ一杯に事欠き、頼るべき親や大人たちがいない。 そういう子供たちがたくさんいることにとても心が痛みます。この日本にいて 何かできることはないかしらと思い、NPO法人「国境なき子ど...
-
秋空に雄叫び 東京タワー 台風一過 秋空の一日 来日した婿を連れて東京タワーの観光をしました。 私は小学生の遠足以来の訪問 50年ぶりになるかも・・ 一か月ほど前に部材落下の事故があって最上階の展望台まではのぼれませんでした。 50年ぶりに上る東京タワ...









