北浜は、淀川を利用した交易の中心地「船場」といわれたところです。山崎豊子の「ぼんち」の舞台になったところです。その活気、商業都市大阪の象徴のような建物が「栴檀木橋」をわたったところにありました。「大阪中央公会堂」。
高い天井、大理石の壁、ばりばりの西洋建築です。近代日本の経済を先導した人たち、フロックコートを着こなした渋沢栄一たちの姿が見えるようです。
とができます。この建物では、近代
日本経済の光と影を知ることができ
ました。この建物に私財を投じた
岩本栄之助(1877-1916)の人生
は、39年。この建物の完成の2年前
になります。第1次世界大戦後の
高騰相場の莫大な損失を抱えての
ピストル自殺でした。「義侠の相場師」であった岩本氏は、投機での儲けを公共に還元することを矜持としていました。建築目的は、自身の資産としてではなく公共に資する建物をめざしました。 大阪市に寄付したお金を自分の窮地に補填することもしませんでした。
今日大ホールでは、新学期にむけての教科書展示会を小学校 の先生対象に開催されていました。小会議室には、市民団体のグループが活動していました。地下のレストランには、予約待ちの市民が並んでおりました。公共施設の役割を十分果たしていると思います。生きている国重要文化財というところです。
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