天神様で有名な大阪天満宮 七五三のお参りでにぎわっていまし
| 星合池 |
天神様で有名な大阪天満宮 七五三のお参りでにぎわっていまし
| 星合池 |
北浜は、淀川を利用した交易の中心地「船場」といわれたところです。山崎豊子の「ぼんち」の舞台になったところです。その活気、商業都市大阪の象徴のような建物が「栴檀木橋」をわたったところにありました。「大阪中央公会堂」。
高い天井、大理石の壁、ばりばりの西洋建築です。近代日本の経済を先導した人たち、フロックコートを着こなした渋沢栄一たちの姿が見えるようです。
小春日和を満喫しています。 京阪本線の淀屋橋駅から長く昭和の空気の残る通路を通って19番出口を出るとそこは、雪国ではなく川沿いに開けた高層ビル群の街でした。川は、淀川。目の前にかかる橋は「栴檀木橋」です。多くの医学者・政治家の卵たちが洋学を学んだ「適塾」の建物は、橋を渡らず南側の北浜2丁目の信号からすぐのところにありました、
| 急な階段 |
| 勝手口 そこに「仁」がいるのでは? |
小春日和の日曜日、大阪城の南 森ノ宮にある大阪カトリック玉造教会にゆきました。正面入り口に、高山右近と細川ガラシアの彫像があり秋の空を仰いでいます。教会の中には、堂本印象の大きな聖母子の金箔の日本画がかかっています。
| 真田丸からの抜け道 三光神社境内 |
東大阪には、司馬遼太郎記念館があった。 アプリの地図をみながらおばあちゃん、one day hikeを物色中に思わぬ発見。近いじゃないか
| 福田薬局跡 |
孫一に従妹ができました。孫美が生まれて3週間 おばあちゃんは
夏休みになりました。
8月30日の自由研究!
これから!!というわけでおばあちゃん
も駆り出されました。
孫一もそれなりに自由研究を意識して
いるらしく「世界に国はいくつあるの?」
という研究疑問を挙げてくれました。
おそらくは、ママの努力の成果でしょう。ママに感謝!
世界の国の数? おばあちゃんだって知りません。机の下でググったら
196!!!「パソコンで調べる」「地球儀をつかって数える」の両面作戦
でいこうということになりました。地球儀をぐるぐる回しルーレットのように
して孫一が見つけた国は、順番に・・ソビエト・モンゴル・イラン・
アフガニスタン・サウジアラビア・ケニア・インド・フィンランド・フランス
タイ・ヴェトナム・デンマーク・モロッコ・ガーナ・トルコ・日本・
オーストラリア・インドネシア・マレーシア・マリ・パキスタン・スーダン
・スペイン・ルーマニア・韓国・グリーンランド・パプア、ニューギニア・
ニュージーランド・ブラジル・フィリピン・ペルー・
アルゼンチン (33)
この地球儀は、ママが小学校のときに購入したものだから国名が変わって
しまったものもあり、最初にソビエトを見つけたときには、「アッ もうない!」
「どうやって説明しようか」まごまごしているうちに孫一も調子がでてきて、
いろいろな国名をみつけて喜んでいます。パズルのような色分けされた国の
カタカナを真剣に見ている姿がなんともかわいい孫一でした。
「なにかわかったことある?」
「国の数は、33以上あるってことがわかった。」
「モロッコとパプア・ニューギニアがどこにあるかわかった」 孫一しぶいねえ
「パプア・ニューギニアが島だとわかった」なぜかパプアニューギニアにこだわる孫一。
そこでおばあちゃん 「ダディーがどこから来たかさがしてみようか」
孫一:「あった!! えッ こんな遠いところなの?」
おばあちゃん:「すごいねえ」
孫一:「うん ダディーは、すごい」
地球儀で孫一は、いろいろな発見ができました。私も発見しました。
「ググっただけでは、国が地球のどこにあるかわからないだろうな。
大陸とか島とか、隣の国はどこかとか。言葉で説明するまでもなく知ること
ができるのだ。」小学生の間は、もっともっと一緒に探す楽しみを味わいたい
ものだと思いました。
それにしてもダディーの国、アメリカのおばあちゃんの住んでいる町を
見つけたときの孫一のパッと明るくなった表情は忘れられません。
ダディーが安心して息子を連れて帰れる国になってほしいなあと
アメリカ大陸を見ながら思いました。
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77回目の8月15日 2月に始まったロシアのウクライナ侵攻、3年目を迎える
コロナ禍の夏、昨年を上回る猛暑日の連続と地方を襲う線状豪雨帯、それに続く
土砂災害や河川の氾濫と。残りの夏を乗り切れるだろうかと思いつつ、戦没者慰霊
のテレビ番組を見ていました。毎年、天皇皇后が、頭を下げられる姿を見て思う
ことがあります。「ごめんなさい」なのか 「安らかにお眠りください」なのか。
列席している政治家は、何を思うのか「もう二度とやらせません」なのか
「こんどこそ」なのか。戦争で家族を亡くした人たちも 沖縄、戦争記念碑、
災害地に赴く天皇・皇后の姿に今も昔もかわらず日の丸を振ってしまう日本人。
「やめてほしい」という国があるにもかかわらず普段神仏にお参りすることも
ないだろう政治家がこの日あえて靖国神社に詣でるセレモニーも私は不思議で
しようがありません。
このウクライナ侵攻のニュースの影響もあって戦争は、現在進行形になり、
若い世代にとって、戦争は、おばあちゃん、おじいちゃんの話ではなく
なってしまいました。
人類の歴史では、気候が不安定になると戦争が引き起こされやすいといわれます。
さもありなん。気候に依存している作物の恒常的な供給が滞ります。戦争・災害で
生活基盤をなくしてしまう人は、世界中に増えてきています。
全体主義だろうが民主主義だろうが持てる者が持たざる者に手をさしのべなければ
人類は、気候変動で多くの犠牲を払うことになるでしょう。とはいうものの人間は
不思議なことに財産・地位名誉もあり健康なひとほど自分は、持たざる者と思って
いるようです。
世界に遅れをとるまい、優秀な民族だという強い自負心を顕示したい心理
を抑えられたら、生活を支える農業を生業にする人たちの困窮に耳目を開く
政治家が大勢いたら、集団の価値より個人の価値観を大事にする教育や親たちが
いたら、武器を作る人、売る人にその結果を想像する力があったら、神の言葉を
洞察できる宗教家がいっぱいいたら、100人が反対しても「戦争は、やらない」
「武器・軍隊を持たない」と人前でいえる勇気のある国民がたくさんいたら・・・
これからおこる地球の変化、社会の変化を乗り越えてゆけるように思いますが、
どうも逆の方向に舵がきられているのではないかと思う8月15日になってしまいました。
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| 今来てほしいのは、君じゃない! |
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| 祈りの形 住吉大社 七夕飾り |
大阪から帰る日 元首相が凶弾に倒れたニュースが日本中を席捲しました。マスコミは、しばらくこの話題で持ち切りとなり、その後行われた参議院選挙結果の吟味もそこそこになってしまいました。あれから2週間。今マスコミのターゲットは、元首相と犯人の背景にある某宗教団体です。
このブログのタイトルに三位一体としたのは、政治・社会・宗教の関係の深さを示そうと思ったからです。この関係を監視する役割がマスコミにあると私は思います。某宗教団体は、過去にも大きな社会問題として報道されました。それを思いだし監視の役目をはたしてこれなかったマスコミや社会の問題を考えずにおれませんでした。マスコミにかかわる人たちも日本社会も、宗教に立ち入ることへの怖れがあったのでしょう。
ビジネスでよい関係をつくるには、政治と宗教と野球の話は、するなと職場でよくいわれてきました。なるほど熱くなる話題ですが、相手を知る重要なキーワードです。知ってこそ相手とのソーシャルディスタンスを知ることができます。 その対話の場がfaace to faceからスマホを通してネット上に移ってきているのが現代です。熱くなる話題も多様になってきていますが、その場の話題が深まることは、期待できません。
「あなたの信じているものはなんですか」と聞くと「自分です。」と答える人は、多いと思います。大正生まれ、28歳で終戦、戦後混乱期から高度成長期へ家族を守り生き抜いてきた父もそう言ってはばかりませんでした。戦後75年 敗戦を認めない社会、憲法が変わるかもしれない社会に生きる戦後世代のシニアは、face to faceを避け、信じることに後ろ向きで、自分すらもままならない若い人たちとどう接したらよいのか戸惑うばかりです。今回は、戸惑いながらその一端を担ってきているという反省を込めて書きました。
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| 祈りの形 カトリック教会内部 |
神奈川近代文学館企画の遠足コースは、東海道大磯宿
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| 風が抜ける藤村書斎 |
敗戦は、連合国軍兵士と弱い立場の日本女性の間に多くの子供たちを生みました。その子供たちへの蔑視や迫害は、想像にかたくありません。澤田美喜氏は、隠れキリシタンの遺物収集と同じくらい、混血児たちの養育(エリザベス・サンダースホームの設立)にこの大磯で力を尽くしています。遺物、混血児の命を守ることは、自分の生存と同等の意味をもっていたと思われます。彼女は焦土と化した東京ではなく一族の別荘地を買い戻しながら養育施設を次々とたてました。頭を下げ寄付を募る毎日だったと思います。彼女の思いに応えられた日本人がどれほどいたか疑問です。彼女への物心の支援の多くは外国の心ある人たちからのものでした。
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| 再建された吉田茂別荘 |
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| 食堂(ローズルーム) |
吉田茂氏の大磯邸は、焼失後5億円で再建、うち3億円
の寄付を集めて完成しました。連合国の要人、皇室、
政財界の重要人物が出入りされ食事が供され、
この景色を共有しながら日本の復興と高度成長の旗が
振られていたかと思うと「なんだかなあ」。
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| 吉田茂氏 |
最後に訪れた郷土資料館には、古墳時代の横穴から町内会の祭りまでのこの土地の
人々の質素で堅実な生活が見られます。藤村は、この土地の左義長祭りを見てここを
終の棲家と決めました。吉田茂氏は、この別荘の窓から太平洋と富士山を見ながら
息を引き取りました。澤田美喜氏は、日本ではなくマヨルカ島で余生をおくりました。
大磯という土地の面白さはまだまだありそうです。私は、澤田美喜氏の洞察力を
感じさせる油絵と隠れキリシタン遺物、吉田茂氏の掘りごたつと窓からの四海波が
強く印象に残りました。澤田美喜氏の記念館がコースになかったらうっかり
日本近代史のおさらいで終わってしまうところでした。
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| 居場所 |
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| 花の命は短くて |
同じ日 孫一のところではクロアゲハが羽化しました。 次女の出産で 大阪にきています。生後まだ10日。右も左もわからないのは、若い親たちも同じです。「意外とわかってるな」と30数年前の記憶と孫一の時の記憶をたぐりながらおばあちゃんは、がんばって「子育て支援」の一端を担っていま...