2014年3月31日月曜日

桜でゴメン 消費税

千鳥ヶ淵公園 夜桜
今年の桜 東京は28日開花宣言 29日には満開 30日春の嵐 そして今晩 千鳥ヶ淵公園で夜桜見物
  お花見は毎年繰り返される光景ですが人も花も年輪を重ね気分がリセットされるような気持ちになる風物詩のひとつです。
  年の始めは1月ですがいろいろな活動は4月に始まるのが日本では倣いになっています。
4月スタートは将来もそうでしょうか。温暖化も手伝って春秋のニュアンスのある季節が短く感じられるこのごろです。
 退職して家の事をするようになると年度末 年度始めのなんともいえないわくわくする気分のやり場に困りました。年度末の締めくくるわずらわしさもなく年度初めの新人との出会いに彩られることもなく日々がすぎてゆきます。 年度に縛られない自由さを感じながらやや寂しい気持ちもありという日々です。

  母は姑から家計簿の付け方を教わり亡くなる年の春まで50年近く続けてきました。晩年は計算が合わず何度も繰り返したり私と記帳を分担したこともありました。手元にあるノートは20冊以上になりました。主婦の年度始めは1月でした。大晦日は正月の準備のあと大掃除、家計簿を締めて 年越し蕎麦で1年が終わります。ノートを見ていると堅実な家庭の姿が見えてきます。残念ながら共働きの私にはこの姿は伝わっていません。20年後の私は自分の財産を管理する力持ち合わせているでしょうか。家計簿はパソコンアプリに変わり計算も電卓を使うことが当たり前になって暗算することがなくなりました。消費税8% の計算も暗算するにはめんどうです。これで自分のお財布の中味を大切にできるのでしょうか。と不安がよぎります。母にとっては家計簿は物価の値上がりを肌で感じ、倹約の工夫を自然に身に着けるための教科書だったようです。
満開の桜は年度初めの緊張感を一瞬忘れさせてしまう威力があります。だから4月なの消費税? 夜桜に繰り出す人たちに交じりながら束の間気晴らしを楽しみました。

2014年3月22日土曜日

朝まだき ウグイス初鳴き 東山

 3月17日 朝 庭先でウグイスの鳴き声を聞くことができました。しっかりした「ホーホケキョ」です、ケキョケキョは 縄張りに侵入する敵を知らせる鳴き方だそうです。「ホーホケキョ」も縄張りを知らせるようです。暖かくなった早朝に聴く「ホーホケキョ」は格別です。高らかに自分の居場所に名乗りをあげる小鳥のけなげな姿を想像すると元気がでてきます。私も透る声をだしてみたくなります。
春の始まりはそうでなくちゃ。 
 
馬酔木


水温む(みずぬるむ) 独活(うど)和え 蜆汁 雲雀 ムツゴロウ ミモザ ユキノシタ スズラン カタクリ アネモネ サクラソウ タンポポ 弥生 長閑 東風 風光る 雪の果て 霞 蜃気楼 山笑う流氷 流し雛 4月馬鹿 ・・・・

季寄せ・歳時記を読んでいるだけで春になる。夏の季語を読んでいると冬でも夏の気分になる。

港の見える丘公園の拾い物


港の見える丘公園から港をみる

 春風に誘われて港の見える丘公園まで出かけました。東急線終点の元町・中華街の駅6番出口をでてすぐ港の見える丘公園の入り口にはいることができます。一山上るともう港がみえます。この山の名前はアメリカ山、フランス山といってその昔領事館が軒を並べていたところでもあり周辺には当時の外国人高官の居宅が多く残っています。
 いまでこそおしゃれでハイカラな町ですがその昔はハイカラというよりも日本であって日本ではないような町だったでしょう。
 ここに住んだ外国人は丘の上から母国を思いさみしい思いを募らせていたのではないかと勝手に思います。ときどき聞こえる船からのぼーという音が明るい風景をロマンチックなものにしてしまいます。
YOKOHAMAは白壁と青空がよく似合う
霧笛橋
この公園の奥に県立神奈川近代文学館があります。黒岩重吾生誕90周年を記念した企画展が開催されていました。オール読物の黒岩重吾、怪しい作家と勝手に思い込んでいた私にはこの企画展は思い込みを払拭してくれました。さっそく全身麻痺になられたころの作品「どほらや人生」や代表作「背徳のメス」 額田王をテーマにした「茜に燃ゆ」や遺作「闇の左大臣 石上朝臣麻呂」を読んでみようかと思っています。これもご縁です。
 もうひとつご縁がありました。 ビデオライブラリーの「澁澤瀧彦を語る高橋睦郎氏」です。「時間を生きるのは辛いことです。おもてなしは辛いことを忘れさせるもの」という表現でオープンマインドでサービス精神旺盛な澁澤瀧彦の芸術活動を評されました。あっさり「時間を生きることは辛いことだ」と言われた高橋氏の言葉は、日頃「生きること=時間=楽しくなければ」と思い込んでいる私には目から鱗のお言葉でした。言葉でよく言い表せないのが残念ですが 「おもてなしこそ 辛い時間を忘れさせる。辛い時間を忘れさせるようなおもてなし」「生きることが辛いからこそ創作活動の時間つぶしに命をかける」という意味に私は受けとめ、勝手に得心しました。
 私は勝手な思い込みの多い人間です。ご縁を感じるとき勝手な思い込みに気づかされます。
還暦すぎると思い込みの多さに自分でうんざりしますが またそれだけご縁も多いものだと思い
おもてなしを受ける楽しみを味わおうと思います。

2014年3月19日水曜日

利休をたずねて

 



  あの人変わっていると思わない?と友人から同意をもとめられた茶道の師匠は「そうね あなたも私からみたら変わっているわよ」と切り返しかっかっと笑い飛ばしてきた話をおもしろそうに私に話してくれました。「自分の物差しで相手をみたら自分以外は誰だって変わっているに決まってるわ」師匠の人生哲学に触れるのもお茶のお稽古の楽しみです。4ヶ月のご無沙汰のご挨拶に師匠を訪問した日の一コマです。
 「 せっかくだから」とお茶のお稽古をしてくださいました。逆勝手のお薄点前 、右と左の点前の違いにアタフタしながら 師匠のお話に相槌を打つという日頃にない頭と身体の使い方でした。が終わってみれば 爽快感が残ります。ストレッチ体操をした後のような・・・・。4ヶ月の無沙汰は敷居を高くしてしまいますが行ってよかったお富さんでした。師匠の懐の深さに救われました。感謝!

2014年3月15日土曜日

大須でシャムロック


シャムロック・大須商店街を練り歩く
先頭は St.Patric
シャムロックは アイルランドの国花です。三つ葉のクローバーです。アイルランドの人たちはアイルランドにキリスト教を伝えた聖パトリックを称えて命日にあたる3月17日にパレードをして盛大に祝います。アイルランド移民の多いアメリカやオーストラリアでも同じようにパレードが行われています。ここ日本でもアイリッシュ・ネットワーク・ジャパンという団体が中心になって全国で計画しています。名古屋では大須商店街です。 セント・パトリックに扮した長身のアイルランド人を先頭にバグパイプの一団 大須商店街関係者の緑色のキャップが続きます。緑色の物をつけるだけで誰でも参加できる平和なパレードです。春の気配が感じられる昼下がりの商店街をのんびりゆっくり隊列が練り歩きました。両側のお店の見物をしながらのパレード。緑色のリボン、Tシャツ、旗、帽子、チョーカー、マフラー、ジャケットで商店街が包まれます。アイルランド出身の方々だけでなくいろいろなお国の方も集まってきて隊列が膨らみました。普段でも多国籍な大須ですがこの日はヨーロッパテイストな大須になりました。商店街の中を練り歩くパレードの規模は大きくありませんが商店街と一体化してしまったようなパレードでした。商店街のおばちゃん・おじちゃんが異国の人たちの緑に染まった姿を暖かく見守っているのが印象的でした。
 冬が長ければ長いほど厳しければ厳しいほど春の気配は待ち遠しいものです。セント・パトリックはきっと厳しい冬のアイルランドの人たちにとって雪解けの春に相応しい存在だったのでしょう。友達からのハガキでのお誘いでアイルランド繋がりの5人が久しぶりに再会できました。何かいいことありそうな春です。
大須観音前に集合 いざ!

メメント・盛

 母の1周忌 親族で墓参りと会食をしました。 
私は墓参り大好きです。 彼岸とお盆の墓参りを欠かさなかった父母に連れられて毎年墓参りをしてきたからか、永井荷風が正岡子規や芥川龍之介の墓参りをかかさなかったことにに触発されているのかお墓まいりがなぜか好きです。お墓の集まる墓地もいいなと思います。特に多磨墓地はその下に4万の遺骨が眠っているかと思うとぞくぞくします。言い知れぬ静かさに包まれる墓地と心の中のなにかが触れ合うからでしょうか。墓石や墓所のもつムードもあります。遺骨となっても残るものがいかに大きいか墓地はそのことを教えているように思うのです。
 母が亡くなって一年 父が亡くなってもう13年 亡くなってから気づくこともまた多いものです。父の仕事ぶり、家族との繋がり、戦争のこと、父の青春や価値観など残されたものを手掛かりにいろいろ想像をめぐらすのは今となっては楽しい時間です。家があり遺品があるからできる道楽かもしれません。
 母はまだ新鮮なので 箪笥、食器棚、机、鏡台などの抽斗をあけるとまだ母の匂いがあり「なにやっているの?」ときれいにならんだハンカチが見つめています。ギョ ギョ
多磨墓地 梅原龍三郎氏墓
いづれ 母の記憶も忘却のかなたに消えてしまうのでしょうがそれまでは楽しもうと思います。そういう気持ちにやっと1年かけてなってきました。親とはいくら大人になっても一心胴体のようなきってもきれない臍のような繋がりかたを感じるものなのですね。
 子供は遺骨になってから母親・父親という役割から離れて一人の人間としての魅力を発見する機会に恵まれるように思います。
 私還暦 いい年齢になりました。まずは私が育つまで健康で生きていてくれた両親に感謝です。自分の経験も生かして両親の生きてきた時代を考える時間もまだあります。
 自分のお墓のことを考えるのもいいことだと思いますが しばし親の死に向き合う静かさが生活の中にあってもいいでしょう。

 メメント・モリは memento mori  ラテン語で「自分が(いつか)死ぬことを忘れるな」という意味の警句 ここでは 「モリ」を「盛」にしてみました。
「死は盛だくさんの人生の受け皿」の意味を「盛」に重ねてみたのですが どうでしょう?
 

2014年3月11日火曜日

孫一 空を飛ぶ

 孫一 4か月 今は仰向けで寝ているよりこうしてうつ伏せの姿勢の方が元気です。首がすわり音のする方 おっぱいのある方に自分で頭が動かせるようになったのもつかの間 背筋をピンと伸ばす勢いで頭を後ろに倒してきます。こうして空中に持ち上げるとご機嫌で手は堅くこぶしを握っていますが足をばたばたしてなかなか泣きません。やっぱり男の子です。下ろそうとすると泣くので父は仕方なく「takai/takai?!?!」をしつづけます。父にしかできない仕事なのでちょっと父は鼻が高いですね。こうして父親らしく 男の子らしくなってゆくような気がします。がんばれ父 腰痛持ちのばあさんとしては自分の頭より高く持ち上げられて喜ぶ孫の顔見たさにいったりきたりしています。
 ばたばたする足をみていると背中も足と同じようにくねくね。地上に下ろしたらトカゲのように匍匐前進するかのようです。そういえば入浴のときもばたばた 足は泳いでいます。足が動いているときは手の方がおろそかになるようで こちらはこぶしを握りつぱなしです。いずればらばらに動かせるようになるのでしょう。手はじめに空中で父の髪の毛をひっつかむわけですね。孫一は 4か月で8kgという リトルジャイアン 父の腕はいつまで支えられるでしょうか。次にどんな親子の空中わざが飛び出すか楽しみです。

2014年3月3日月曜日

どっこい コミュニティ

 
 婿が通い始めた教会で演奏をするというので孫と娘と出かけました。キリスト教の教会で アメリカ人の二人の青年神父が聖書からのメッセージをわかりやすいプレゼンテーションと通訳で伝えジャンベ・ギター・キーボードの伴奏で何曲かの歌を歌い、最後にお祈りをして終わります。集会室のロビーにはドーナッツとコーヒーが用意され和気あいあいとしてリラックスした雰囲気です。周囲はアメリカ人、フランス人、アフリカ人、日本人の家族など40人ほど映画の一シーンに紛れ込んでしまったような錯覚を覚えました。婿は日本に来て半年 生活にも馴染んできているようにみえます。
  
 教会では同じような国際結婚の家族も何組か来ていました。子供たちもいます。自然に輪ができます。異国にあっても神様を求めて自然に集まり生活の基盤を作ってゆく力が宗教にはあるのだなあと思いました。この日のお話はコミュニティについて聖書から10のルールを引用していました。お互いに思いやりをもって接し、間違ったことは諌めあい、悪口を言わないなどということです。特別なことではありませんがいろいろな国の人が共感してうなずきあう姿がよかったですね。 
 
 たくさんの外国人の中の一人の日本人、たくさんの日本人の中の一人の外国人、たくさんの男性の中の一人の女性、たくさんの女性の中の一人の男性、たくさんの車いす利用者の中の一人の歩行者、たくさんの歩行者の中のひとりの車いす利用者と同じように婿と私の立場が逆転する一日になりました。ホームの私、アウェイの私。どちらも私ですね。自分が頑なになってきたなと思うときに新しいコミュニティーに身をおいてみると「違いのわかる私」を発見できるかも・・
 





2014年3月2日日曜日

ミドリムシ  クッキー 見っけ!!


  ミドリムシとの再会です。ミドリムシとの出会いは50年前の小学生の理科の時間顕微鏡の中でした。その頃の小学生が好きな授業は音楽・体育・図工です。座って本を読んだり考えたりするより身体を動かす方が好きです。子供だから当たり前ですが。理科の時間も先生は苦労されていました。観察と採集の時間はお散歩 実験ではアイスクリームづくりとフナの解剖など手を変え品をかえて身体を使って楽しませてもらいました。顕微鏡は高学年になってからでした。虫眼鏡と違って大人の雰囲気、先生の白衣と理科室はなにやら謎めいていましたね。
 ミドリムシは顕微鏡の中で長いひげをゆらし透明な身体は複雑でくねくね動いておりました。ミジンコかミドリムシか 小学生の目になんとも可愛らしく映ったのは間違いありません。
 そのミドリムシがユーグレナ・クッキーとなって今目の前にそれも5個で500円    じぇじぇ
これをブログに載せずしてなんとしよう。
 
  ユーグレナとは ミドリムシのことをいいます。ミドリムシは光と水の二酸化炭素があれば育ち人間の必要な栄養素を豊富に備えているそうです。そのため将来の食料・エネルギー問題解決に役立つというのが製造に携わっている企業のねらうところのようです。 
インターネットの情報によればこの会社はミドリムシを中心に微細藻類の研究開発、生産、品質管理、販売を手掛けています。この会社の経営理念は 「人と地球を健康にする」 企業ビジョンは「バイオテクノロジーで昨日の不可能を今日可能にする」 スローガン「ミドリムシが地球を救う」従業員39人 しかし上場企業です。なにか熱い思いを感じるサイトでした。

 ミドリムシはクッキーに身をかえても光の影響を受けやすいのか包装紙はなんとアルミ箔?味は う~ん 藻! バターの香ばしいクッキーに慣れてしまった私には草の香り 風の香り 土の香りでした。 新鮮!!といえば新鮮!昔懐かしい原っぱを思い出しました。このユーグレナクッキーを東大赤門(本郷3丁目)入ってすぐのショップで見つけました。東大アントレプレナープラザです。聞きなれないアントレプレナーという言葉を調べてみると起業家という意味がありました。ユーグレナクッキーの説明にも同大学の大学院農学生命科学研究科研究室の協力とあります。なるほど 原っぱの味はアカデミックな味でもあったわけです。
 思いがけないミドリムシとの再会が思いがけない企業との出会いにつながりました。ときどき株式など見ながらミドリムシの行方を追ってゆこうと光合成に疎い私は思っています。

バイバイ 私の60代

 この「暮らしを紡ぐ 異・職・柔・遊ぶ」のブログを書き始めて10年272のコンテンツになりました。10年一仕事というわけで店じまいをすることにします。これもけじめかなとおもいます。 バイバイ60代!私にとっての節目の季節に二人の師匠がなくなりました。9月には、カトリック教会の森一...