2019年5月10日金曜日

令和の薔薇  港の見える丘公園


 神奈川近代文学館の「松本清張展」にゆきました。松本清張氏は明治42年に生まれ平成4年に亡くなるまで大正・昭和・平成にわたり執筆活動をした作家です。会場には大きくたっぷりした体格を示すような自筆の原稿が並びます。取材ノート、写真、愛用のペンや映画になった作品のポスターなど、作家の日常に触れる展示でした。「西郷札」にはじまり、評伝や生涯興味をもって取り組んだ森鴎外の著作や2.26事件、下山事件など社会問題をテーマにした作品。映画化、ドラマ化された「砂の器」「点と線」などのポスター。新聞連載の挿絵の数々。松本清張氏は推理作家としての代表作が多い作家ですが、作家の興味は単純な犯人捜しではなくもっと深い人間の性をテーマにしていたのだと改めて思いました。
 文学館の外は港の見える丘公園 今そのバラ園・イングリッシュガーデンが見頃です。
 平成から令和へ改元に合わせた10連休も終わり
日常が戻ってきた昼下がり。栗の花のむんむんする匂いの中薔薇の香を求めて散策をしている人たちも楽しそうに見えました。
 改元前後は、街はかなりのフィーバーぶりでした。日本人ってこんなに天皇家が好きだったんだなあとテレビ番組を見て思いました。バラエティーだけでなくニュースや特別番組までも改元・改元を連呼するばかりであまり印象に残る番組がなかったのが残念です。
 その中で一般参賀での雅子皇后さまの「覚悟の笑顔」が清々しく映りました。
 平成から令和に積み残された問題はたくさんあります。外国人労働者の問題、貧困、人口減少、就労困難、少子高齢化、地域・健康格差、災害支援など「象徴」としての天皇家の役割も戦争犠牲者の慰霊、被災者の慰問だけにとどまらないことでしょう。
 こうしたテーマをもっとマスメディアが率先して取り上げることがあってもいいのではないでしょうか。
「なんか変わらないなあ」と思うのは私だけでしょうか。
 毎日休日の我世代の10連休は、公立保育園の休みに伴い保育要員として大いに働かされたのではないでしょうか。デパートやコンビニは、いっせい休業とはいかずいろいろ工夫していました。おかげで日常に困ることはありませんでしたが・・・。10連休まるまる楽しめた人たちは、どういう人たちだったのでしょう?
ちょっと気になるおばさんでした。
 

早春の妙高




妙高

連休前半の妙高高原は早春。静かな日本でした。

フキノトウ

フキノトウの天ぷら、こごみのお浸し、つくしの煮つけ、鳥の声
フキノトウの苦みは、アメリカ人の婿には??? これはわからないだろうな!

黒姫高原スキ―場でそり遊び 遠方に野尻湖
            ロングコースのそり遊びを満喫。雪がとければスキー場は
          畑に。東京では味わえない土の香りです。孫一絶好調!!




          おばあちゃんの歌う早春賦から婿のピアノで
             ビートルスメドレー 孫一乱舞!!

2019年5月8日水曜日

謡曲「経正」初舞台


日本刺繍に彩られた能装束
「風古木を吹けば、晴天の雨。月平沙を照らせば夏の夜の。霜の起居も安からで。仮に見えつる草の陰。露の身ながら消え残る。妄執の縁こそ。つたなけれ」

 琵琶の名手の平家の若武者が西海に一命を落とす.惜しんだ高僧の供養の琵琶の音に惹かれて冥途から立ち戻る若武者。もっと琵琶が弾きたかった!悔しい思いを舞い消えてゆく切ない物語が謡曲「経正」です。
 謡のお稽古では先生がワキを私がシテの「経正」の繰り返しの練習でした。発表会の当日、地謡の方々が後方に控えシテ・ワキを盛り立てます。地謡のシャワーを浴びてこんなにも能の世界が身近に感じられたことはありませんでした。
 客席は真っ暗で舞台から見えなかったこともありどっぷり声の世界につかったのがよかったのでしょうか。「言葉の意味はよくわからないが、何を言いたいかはよくわかった」という感想をもらうことができました。
 客席側とはちがい演じる側でライトを浴びた経験は、小学校の謝恩会の一人一芸(私は落語の寿限無をやりました。)以来、大人になって仕事で人前にたつ経験があるとは言え、感情を表現するというのは初めてでした。
 お稽古は、個々の役割の謡の形をきっちり学ぶというもの。人に言われたようになぞるなどもってのほかの年齢になりつつある身には、先生のだめだしが応えますが、すなおに聞いてよかった。きっちりできれば申し合わせで舞台は成立するということがよくわかりました。能はこうして650年の歴史を積み重ねてきているのですねえ。
形を踏襲することで「妄執の苦しみと癒し」を「経正」の言葉を借りて伝えてきているのです。すごいですねえ。



2019年5月7日火曜日

記憶は巡る


   六本木交差点から芋洗い坂の緩やかなカーブを道なりに下ってゆくと
 六本木中学校の桜の木が満開。その向かいのストライプハウスの大坪美穂さんの
 個展会場に入り、四方の壁の作品を見ながらゆっくり階下に下ってゆく。ここまで
 来て正面の大きな作品に出合う。大坪さんの大きな作品で印象的なのは、
 輝くような空気感。この前の個展の作品もそうでした。たぶん黒の線に苦労された
 のだと思う。描かれなかった空間から不思議な空気が伝わってきます、彼岸とでも
 いうのでしょうか。
  ここからまた作品を見ながら戻ると螺旋階段を上るような面白さがありました。
 会場の構造だけでなく、大坪さんの作品がそれぞれに表情を変えるからです。
 ブラックホールを彷彿させるような原点ともいえる作品群、年輪が
 消えてしまった木、インスタレーションは、?。そして鉛の作品。大坪さんの
 作品に横たわる痛みは、静かです。でも深い。
  大坪さんは、表現することを生業にして過去・現在・未来を自由に行き来している。
 作品を見る楽しみは、自分が経験したことのないような感覚を味わえることだと
 思います。鉛色ののっぺりした肌理を手掛かりに痛みの記憶が巡ってきます。
 螺旋階段を上っているのか下っているのか。もしかしたら水平移動している
 のかもしれない。 次はどんな世界に連れて行ってくれるだろうか。
 

 

おじいちゃんのコレクション



           いわずもがな 孫一アート  増殖中

2019年3月19日火曜日

武相荘には椿がよく似合う



 早春の鶴川街道沿いの武相荘に行きました。白洲次郎・白洲正子が晩年まで過ごした民家です。2001年の10月に開館し、2015年に庭に竹林の散策路とレストラン、カフェをお嬢さんの牧山桂子さんがリニューアルオープンされました。
 竹林は、青々として伸び椿の花が風情を添えています。正子女史の本に埋もれんばかりの書斎の文机の前の窓からも椿が楽しめました。この書斎になった農家の一角の小さな小部屋がいいです。別世界のような気分に浸れます。
 「能の物語」「日本のたくみ」「かくれ里」「近江山河抄」「遊鬼」「西行」
「花に思う春」「十一面観音巡礼」と私の本棚に並んでいます。詳細を覚えていないのが
 残念だと展示をみながら思いました。最初に手にとったのは確か「両性具有の美」。
「かくれ里」を取材する韋駄天おまさ。そして晩年のインタビューと一貫して「日本は
美しいものをいっぱい持っている」というメッセージに貫かれた潔い生涯ではなかったでしょうか。
 個人主義者の夫、随筆家として縦横無尽に取材に駆け回った妻のwin winな生活が
終戦を挟んでこの地で繰り広げられていたことを思うと不思議な気がします。
「武相荘」には「愛想」ばかりがいいわけじゃないぞというメッセージもあるのかも
しれません。
 当時の食卓をにぎわしたランチメニューを楽しみながら「断捨離」では片づけられない「残されたもの」の重さを味わいました。
 

2019年3月8日金曜日

啓蟄


昨夏の忘れ物 ケースの中で
越冬しました。

春です。



2019年2月24日日曜日

御苑の梅


上の池から茶室楽羽亭の庭の梅を見る


   新宿御苑は、徳川家内藤氏の領地の一部で、明治時代には、農事試験場でした。
  その後 1906年(明治39年)に皇室の所有となりました。私の前回のブログの
  「軒端の梅」に登場する徳富健次郎は、1907年世田谷の粕谷村に田舎暮らしを
  求めて都心から引っ越してゆきました。
   新宿御苑の梅は、時のセレブたちに愛されました。どちらにあっても
  梅は春を告げ、華やかでもあり、気品のある花木です。
   今年は例年になく グッドタイミングで梅が見れて満足です。一日でも
  早く春の気配を感じ取りたいのは、私だけではありません。御苑の庭は大いに
  にぎわって、私ものどかな日曜日の昼下がりを過ごしました。
                
大温室からみた新宿摩天楼

2019年2月22日金曜日

軒端の梅 蘆花恒春園

徳富蘆花の裏庭の白梅
 謡曲「東北」の梅の木は和泉式部が愛しました。この庭の梅の木を愛でたのは、徳富蘆花夫妻。環状八号線沿いの芦花公園は、
徳富蘆花の母屋
徳富蘆花が田舎暮らしをしていた場所です。時は明治40年、私のおじいちゃん、おばあちゃんが所帯を持った頃です。同じ頃蘆花は奥さんを連れて都心から田舎暮らしにあこがれて移り住んできました。

母屋と書斎をつなぐ白い廊下


梅花書屋から庭を見る
この頃の晴耕雨読の生活を蘆花は「みみずのたわごと」に書いています。
   慣れない田舎暮らし、田畑の仕事に手を焼き、周辺粕谷村20余世帯のと
   の付き合いを悩ましくも楽しんでいる蘆花夫妻の生活が当時の日本語で
   書かれていて面白い。蘆花は、「みみずのたわごと」を徳富健次郎という
   本名で出版しました。「明治時代一世を風靡した「不如帰」の作者は、
   こうして素の自分を取り戻したわけだ。」
    環状八号線の喧騒、田畑を守った20余世帯はその数百倍に、都心
   から歩いて帰るのに、半日もかかったのが芦花公園駅まで都心から急行で
   30分もかかりません。どんどん都心は広がり、東京から田舎が消えた。
   
  
    
   

2019年2月17日日曜日

鬼に負けるな!



 赤鬼:見るも、聞くもそら恐ろしい、
     それ、赤き息 ほっとつけば、七日七夜の病となる。
       青鬼:おれ、青き息、ほっとつけば、疫病「となる。よって節分ごとにま
      かりいで、人の命をねらい候。
 喜多見氷川神社の鬼は、赤鬼、白鬼、黒鬼と多彩でした。創建740年の由緒を持つ神社の節分会には、老若男女が境内に押しかけていました。多摩川近く、雑木林の中にある神社では、今も昔も鬼やらいの行事が行われてきました。
 子供たちに囲まれた鬼たちには、微笑ましいものがありましたが、昨今のメディアに
映る鬼たちは、我が子に刃を向け、難民の子らに壁を作って締め出し、命をものとも
しません。
 毎年繰り返される節分会では、神官の音頭でみんなで煎り前豆と桃の弓で鬼追いをします。鬼が山に帰ってゆくと大国主命と恵比寿様が舞を舞って小槌から金銀財宝を捲きます。鬼は、山からすぐ戻ってくるのでしょう。節分会は毎年繰り返されます。いくら追いやっても鬼はでてきます。天災・人災・病・貧困・詐欺・・・・・ときりがありません。
 今年も鬼は大暴れするのでしょうか。煎り豆と桃の弓で鬼を追い払う神事は、天平の昔から続いています。にも拘わらず鬼はなくならず、ますます鬼は多彩になってゆくように思えます。
 恵比寿さん!頑張って鬼に苦しめられている私たちに金銀財宝をまき散らしてほしい。





2019年2月3日日曜日

如月御膳

安納芋の山葵和え

鶯豆腐
豚香味焼き
   友達は大切にしたいものです。
こんな春らしい御膳で私たちをもてなしてくれました。
安納芋の山葵和えにはホタテの香り。鶯豆腐には、人参大根ショウガ梅肉の梅の花。豚肉に包まれているのはヨモギ麩。春の海からは鰤の刺身とデコポン、お茶の香りのお汁には、グリーンピース。稲荷ずしには空豆。甘味は、みつまめ。

春が待ち遠しくなるランチでした。 古希と還暦の狭間の私たちは、まだまだ想定外の展開を楽しむしかありません。それぞれの生活を肴に話が弾み、最後はおすすめ本の交換でお開きとなりました。
鰤デコポンおろし和え

 龍應台 父を見送る 白水社
 村上春樹 アンダーグラウンド 講談社
 安田登・内田樹 
    変調「日本の古典」講義 祥伝社




茶仕立て

空豆稲荷ずし

孫美!誕生 

同じ日 孫一のところではクロアゲハが羽化しました。    次女の出産で 大阪にきています。生後まだ10日。右も左もわからないのは、若い親たちも同じです。「意外とわかってるな」と30数年前の記憶と孫一の時の記憶をたぐりながらおばあちゃんは、がんばって「子育て支援」の一端を担っていま...