2022年3月29日火曜日

大人になった「戦争を知らない子供たち」よ。

 ウクライナとロシアに知人をもつ友人からの話です。

               娘とウクライの母

  今日、彼女が来ました。侵攻激化のニュースの中で、キャンセルになるかなぁと気にしながら待っていると、「ママと話していた」と遅れて、やって来ました。ママはPokpovsk という(地図上では、制圧されたという南部のマウルポリの近く)に住んでます。心配する友人の言葉に「ママは元気で強い!、大丈夫。たくさん話した。」と、彼女も心なしか元気です。涙見せたら、泣くんじゃない!と叱られたと。彼女は日本語検定の2級を受ける予定ですが、「『ママが心配で気になるから、受検止めるかもしれない』と言ったら、『受けなさい!』と強く言われてしまったから、頑張らないと」。

 そしてこんな話も伝えてくれました。彼女のママの友人の娘さんが、安全なところで出産するために、母親と二人で、160キロ離れたところに5日間かけて移動した。「今、無事についた」と連絡があったとママが喜んでいた。ママの話では、途中で、危ないこともあったようだけれど、身重の二人連れを、見ず知らずの人たちが「家に泊まりなさい」と声を掛けてくれて、なんとか辿り着けたとのこと。「でも、そこも確かに安全という訳ではないんだよね」とママは言ってると彼女。マウルポリでも、地下のシェルターで赤ちゃんが何人も産まれたそうだけれど、食べ物も無く寒くて、大部分亡くなってしまっている。彼女のママは、現地にとどまり、周りの人たちと協力し合って頑張っています。

☆一刻も早く停戦になって欲しい! 彼女やママだけでなく世界中の願いです。

                ロシア女性のつぶやき

 ロシアの彼女はプーチンの歴史観にかなり前から危機感を持っていて、語っていました。スターリン崇拝者であり、日常的に変な儀式を行っているなど、狂信的な面がそら恐ろしいという印象をもたれていたようです。
 かつ、殆どの国民は、プーチンの戦争は、正しいことをしているのだと思っている、と。ロシアの国民は、何かあれば、судьба(天命・運命)という語で片付けて、深く考えない、とも。広大で厳しい自然と過酷な歴史の中の諦観があるのでしょうか?非常に宗教的な人々です。というのが彼女の自国評。手紙の最後には、「神よ、我々を救い給え、ああ神よ」

理性が打ち勝ちますように! 彼女だけでなく世界中の戦争を嫌う人たちの願いです。

             私も何かしなければ。何ができるかしら。

 平和を願うこと、ウクライナの人たちを支援する団体に寄付すること、sns・テレビだけでなく新聞に幅広く情報をの求めること、物価が高くなっても、ガソリン代があがっても・・・。子供を守りたいウクライナ、ロシアの母たち、女性たちを応援すること。 たくさんの戦場、退避している人たち、破壊された街並みの映像をリアルタイムで見せつけられている世界の人々までもが感情の高ぶりに任せると善か悪かの安易な解決を切望してしまいます。戦争に善も悪ありません。善は偽善、悪は極まれりです。

 錯綜する情報にあおられず「日本だったら?」「自分だったら?」「国をまもるって?」と自問自答すること。それが先の戦争で学んだことではなかったかと「戦争を知らないこどもたち」を大声で歌っていた私は考えます。


春よ 来い



 

2022年3月10日木曜日

ウクライナの巴御前 

  謡曲の「巴」は、義仲の愛妾「巴」の悲しい恨みを伝えています。義仲は、同じ源氏の大将に追い詰められ、粟津ヶ原
で自害します。愛妾「巴」は、薙刀を携え義仲の後を追いますが義仲に「お前は女だから、一緒に死ぬことはない。この小袖を持ち帰り弔ってほしい」と突き放されてしまいます。謡曲では、前半の「巴」は、琵琶湖粟津が原にたたずみ、義仲を忍ぶ姿で、後半は、義仲への恨みの妄執に苦しむ女武者の姿で現れます。

 「巴」は源平合戦、平家物語のひとつですが、ロシアのウクライナ侵攻のニュースに戦々恐々とする今「巴」の存在は、とても身近に感じられます。昔合戦、今戦争、昔刀、今ミサイル、今も昔も引き裂かれる男女の仲、家族の絆、国家の威信、砕かれる生活、平和。繰り返される歴史から「男性」は、いったい何を学んでいるのでしょう。国際女性デーに美しいキャビンアテンダントたちとテーブルを囲んでスピーチをされる大統領の姿をみていて思います。

 「落花空しきを知る。流水心無しおのづから 澄める心は、たらちねの」は、妄執の巴御前の名乗りの一声です。白楽天の詩に託して「落花は、この世の空しく儚いことを知っている。流水に心はなくとも自然に澄んでいる。」そして「巴」一言「澄んでいる心は、罪なものだ」と続けます。母の枕詞の「たらちね」は、ここでは「罪」としていると解説書にありました。それならわかる巴の心です。なんとも言えない諦観ですが、日本人の感性に訴えるものがあるようで人気のある謡曲として600年の時空を超えて受け継がれています。

 戦線に送り出される兵士たちには同じ数の巴御前たちがいるはずです。謡曲「巴」のように 戦う夫、恋人に未練をもつ人もいれば、為政者を糾弾すべく強い気持ちで戦う女武者も、生活を守り続ける女性も、銃後の守りにたちあがる女性もいるでしょう。インタビューに毅然として答えるウクライナの女性、ロシア市街で反戦デモに参加するロシア女性、3月8日の国際女性デーに世界で評価される日本女性の活躍。男性集団の戦闘は、絶えませんが、人類の半分を占める女性は、確実に進化しています。あなどるなかれです。





 





2022年3月1日火曜日

ウクライナ vs ロシア

                 ウクライナエッグ



ウクライナに光を!

 

2022年2月16日水曜日

covid19 vs バレンタイン・チョコレート

 日本のバレンタインデーの賑わいも感染症3年目に入る今年は、心なしか静かに思えます。店頭にならぶチョコレートもチョコレートよりおしゃれな箱がほしくなるものより、おとなしめなシックなデザインの箱が目につきます。消費者の好みも左右してしまうパンデミックです。

パンデミックは日常の生活の好みも変えてしまっているようです。「旅行したい」「外出したい」、「買いたい」「めずらしいものを食べたい」などの気持ちが抑えられてしまっています。 わたしのようなシニアは、なおさらで家で掃除をしたり、調理や読書、趣味に時間を使うことが多くなりました。ちょうど人生の変わり目とパンデミックが同期したように緩やかにライフスタイルが変わってきました。ストレッチも習慣になってきました。テレビの代わりに読書や音楽を楽しむ時間も増えました。

 結婚後の子育て、共働き、遠距離介護、看取りの忙しく、気ぜわしい日々が夢のようです。季節の変わり目、年度末のこの時期のチョコレートは、たとえ義理であっても一時気分転換のきっかけを作ってくれるイベントでした。最近はチョコレート会社にお世話にならなくても自分で気分転換ができるようになり、 私の好みも「チョコレート」から「大福」に。

 パンデミックが、もたらしたものは、多かれ少なかれ生活の変化です。生活の変化をポジティブにとらえられるよう個人も社会も努力しなければならない時期に入ったように思います。 ウィルスとの共生は、個人の価値観の変化に合わせた社会制度の見直しがなくてはなりません。大きく出れば、入国管理は、世界基準で、医療制度に公衆衛生を、終身雇用から柔軟な就労へ、社会インフラ従事者の待遇改善、教育へのリモートツールの活用と情報倫理教育・・などなど 身近なところでは、ソーシャルディスタンスに強いメンタル、手洗い・うがい・消毒の生活習慣、自分の健康は自分で守る。「何が起こるかわからないからベストを尽くそう」というスローガンですね。やりすぎない、ほどほどで短期決戦でなく持久戦に備える体力づくりと芸能を愛して日本人遺伝子の免疫力を高め、次なるパンデミックに備えましょう。 人生100年とすれば 私は、まだ2,3回は経験しなければなりません。柔軟な気持ちをもってパンデミックに鍛えられた若い世代にお世話になりたいと思います。「大福」片手にフィギア男子のネイサン・チェンの演技に色気を感じた私のバレンタインデーでした。



2022年2月13日日曜日

COVID 19 vs 分配



 今年のキーワードの一つに「分配」があります。漢字と読み方からいろいろな事柄の連想を生むのが日本語の特徴です。「分配」から私が連想してしまうのは「長男・長女の業」ところ。

日本では、「長男・長女」は、家族、一族にとって特別な意味を持って利権もはっきりしていますが最初に生まれたというだけで責任も大きいものがあります。江戸時代に完成し、明治・大正、昭和の社会の秩序のもとになってきた家父長制の中で「長男・長女」は生きてきました。戦後民主国家となって公平・平等が謳われても「長男・長女」は生きているんじゃないかと思います。困ったときには責任を負わされ、頼られる「長男・長女」、気ままで甘えん坊、いいとこどりの「その他」。「お兄ちゃん、お姉ちゃんのものは僕・私のもの、分配は、公平よ」というわけでござんす。

 「分配」の方法は僕・私の責任でやってと押し付けられる「長男・長女」。ここで問われる「長男・長女」の器!小さいながらも一生懸命公平になるよう気をつかいます。「その他」は、公平かどうかを一生懸命吟味する立場。生き方もおのずと変わってきて当然。これは、昭和時代の一つのホールケーキを囲んだ兄弟姉妹の風景です。

 

 「分かち合う」という言葉を知ったのは、もっと私が成長してから。みんなで分け合う。その場面には、目に見える「ホールケーキ」ではなく、目に見えない何かがある「鍋」がありました。「鍋奉行」は、いても利権がらみの「長男・長女」、虎視眈々の「その他」はいません。度重なる自然災害、パンデミックは、生活の基盤を揺るがしています。公平ばかりに気を遣う甘いホールケーキの分配で相手の大きさを気にしながらのおやつより、鍋奉行の暖かい「分かち合い」で量より満腹感のある食事に魅力を感じる今日この頃です。

 

2022年2月9日水曜日

COVID19 vs 孫一のリモートワーク


 オミクロン株のおかげをこおむって孫一君のクラスも1週間の学級閉鎖。リモートワークのママの応援におばあちゃんもリモートでのお手伝いを勝手でました。学童保育も出入り禁止の孫一君、ママと並んでリモートワークというわけにもいきません。1週間で寝室は、ジャングルブックのようになってしまいました。おばあちゃんとリモートの時間だけがママにとっての息抜きの時間になっているようです。たかが1時間、されど1時間。ママにもおばあちゃんにも孫一にも貴重な時間です。

リモートおばあちゃんの手札です。

①「15少年漂流記」 最初は、画面から消えてしまう孫一君でしたが、物語がすすみ、無人島到着、探検、洞穴発見、 グループリーダー決定と話しが進んでくると毛布にくるまって聴くようになりました。15人の少年のリーダーにゴードン君がきまると一緒になって手をたたいていました。物語もこれから面白くなってきます。おばあちゃんも楽しみ。小学校2年生には、ちと早いかと思いましたが、おばあちゃんの知っている少年むけ児童書は、これが古典でしょう。 

➁「粘土」 ということで「粘土」で無人島をつくろうということになったのですが私は、ひょっこりひょうたん島になり 孫一は、絶滅危惧種のサーベルタイガーに羽をつけた「サーベルドラゴン」になりました。画面では、手元が見えないので何をやっているか知るのは難しいですが楽しさは、伝わってきます。孫一は、ときどきyouTubeからお知恵拝借しているようで、スパイダーマンの飛び出すクモの糸を作ってみせてくれました。飛び出したクモの糸が戻ってこないところがかわいい!! 

③「トランプ」は、どうかなとカードを見せ合いながら挑戦しましたが、これは失敗。結局 おばあちゃんの記憶検査の脳トレになってしまいました。

④「最強動物図鑑」 孫一君がおばあちゃんに読み聞かせる時間もできました。本をえらべというわけで2冊、「妖怪図鑑」と「最強動物図鑑」。妖怪に近いおばあちゃんとしては、妖怪よりバトルがいいなあということで「最強動物図鑑」を選びました。これがなんと「ステゴザウルス」VS「ニイデラゴミムシ」など、バトルシーンの紹介とそれぞれの動物・昆虫のプロフィール紹介。動物・昆虫のサイズとバトルシーンをリアルに感じるたくましい想像力が要求される代物です。

⑤「復習ドリル」 年度末に宿題もなく学級閉鎖となった孫一君。親も先生もどんな思いでいるでしょう。せめて2年生の復習をということでママが買った復習ドリルに挑戦。算数と国語を各1枚。最初は、ロシアンルーレットなみのページチョイスでしたが、ここのところ、できそうなものをチョイスしてくる孫一君。ということで100点シールとやったねシールゲットを楽しんでいます。九九の問題と読むところの少ない詩の問題ばかり。ところがこの詩の問題が難しい。「リズムがありますか」みたいな聞き方をしてきます。孫一??????おばあちゃんどう説明したらいいの??????


はやく学校再開されますように!



2022年2月3日木曜日

COVID19 VS 鬼


  今年の節分は、どこの神社仏閣でも感染対策をして開催されるようです。みんなマスクして年男も年女も、鬼たちも・・・

 「鬼は外、福は、内」施設の行事の一つとして保育園でも老人保健施設でも大切にされている日本らしい行事ですが・・・ 家族感染・濃厚接触・自宅療養・・でこうした施設のスタッフは、手薄になりがちです。そんなときの「節分」、いろいろ工夫し、やむなく断念せざるを得ないということも。これが今年の節分です。

 ギリギリのところでサービスの質を守る努力をしている。そんな中在宅医療の医師と職員が利用者に殺められる事件がおこりました。殺めた人は、高齢の母に死亡され自暴自棄になったシニアの息子でした。殺められた医師と職員は、地域でも評判の在宅医療の専門家たちでした。感染者の自宅療養が増加し、在宅医療従事者の心身の負担は、想像をこえるものがあります。

 高齢の母の死の意味を考え言葉にできない息子の哀れ、息子に死後のことを言い含められなかった母の哀れ、たくさんの患者さんの生活を背負いながら憤死した医師の哀れ、重症を負い、在宅医療への夢が打ち砕かれたリハビリ、看護の人たちの恐れ。在宅医療の制度改善だけで解決できるものでしょうか。 ただただ 亡くなられた医師のご冥福をお祈りし、彼の意思が受け継がれることを祈ります。また重症の方々の一日も早いご快復をお祈りしています。


 母の死にその意味を考え自分の生きる力にすることができていたら、自分の悲しみを抑えることができ最善を尽くすべく努力している人たちへの感謝と思いやりが生まれたのではないかと思います。母の死を自分の死に重ねてしまうというのは、一種の「甘え」。息子の心にささやく「鬼」の仕業としか思えません。「悲しみ」に負けないためには、「考える」ことです。「考える」には、そこに留まらなければなりません。豆は、食べ始めたらやめられません。昔の人は、多くの苦難と悲しみに耐えるとき、「豆」に託して「厄払い」しました。恵方巻より「豆」を食べ、思慮深くなりコロナ社会を生き延びましょう。









2022年2月1日火曜日

COVID19 vs 梅

九品仏 浄真寺の紅梅

 散歩コースの梅 ほころび始めました。この頃の梅は、枝ぶり、幹、花、かおりと楽しめます。梅の木の膨らみ始めたつぼみを見ると「春が近い」と元気がでます。

浄真寺の蝋梅

 本門寺から馬込へ「池上梅園」をのぞいてみました。 大田区立の梅林です。 もともとは日本画家の伊藤深水の自宅兼アトリエの「月白山荘」だったところ。梅園の前には、第二京浜と京急電鉄が走っています。昔は、この一帯には多くの文化人が住む馬込文士村といわれていました。梅の木も趣があるように見えてきます。



池上梅園の白梅

 散歩から戻ると庭の紅梅もほころび始めているではありませんか。灯台もと暗しです。春はどこにでもきています。白梅でなく紅梅を選んだ大正生まれの母、20歳のときに終戦、生まれてからずっと戦争に明け暮れた社会に育った少女のロマンを紅梅は、もっているように見えます。

       


2022年1月29日土曜日

covid19 vs 職人技


      この頃 筋肉の衰えを感じます。歩くスピードが遅くなってきたような。


歩くだけでなく噛む力もです。昨年の年末は、おせんべい・飴のおかげで歯医者がよいが続きました。取れてしまった歯をもって歯医者へ。若い歯医者さんに接着していただきましたが、1週間をあけず再び受診することになってしまいました。


 さすがの私もこれは私の歯肉の老化のせいではない!と若い歯医者さんを「未熟

ゆえにせめてもしかたないなあ」とおもいながら受診。すると今度は若い歯医者さんのボスが治療にあたりました。「左噛んで!」「右噛んで!」「奥右に力入れて!」「ぎりぎりして!」いやはや すごい勢いで私は、指示にしたがってきりきり歯をすべらしました。次は詰め物の接着のよう。そしてまた「あっち噛んで!」「こっち噛んで!」を何度も繰り返した末「はい、終わります。」その後痛みもなく詰め物はしっかり私の口の中に納まっています。「これぞ 職人技!」というものを見たように思い、いたく感動しました。

「見習え 新米!」「どうだ AI!」 

 ボスのスキルは、患者の噛み癖をつかむことにあったようです。歯の状況や詰め物の形は、食生活による噛み癖に合わせるということなのでしょう。

AI(人口知能)で職人技の学習をさせるそうですが、人間相手の仕事のスキルの学習はどうでしょうか。モノ作りでも天然素材の持ち味も同じ。職人の手、耳、目は、そう簡単にAIに渡せるものではないと思いました。



2022年1月26日水曜日

covid19 vs 寅

 covid19 のデルタ株も年明けには、すっかりオミクロンに駆逐されてしまいました。感染者数ばかりがうなぎ上りで日常生活を脅かしています。 保育園・学校も休校が増えそれにともなって家族も右往左往しなければなりません。そんな年明けです。

 今年は寅年 

 子・牛・・・・の12支では、「寅」。 甲・乙・丙・丁・・・・の10干では、「壬」。ということで干支は、壬寅(みずのえとら)の年になるそうです。

中国の民間信仰九星では、今年は五黄土星にあたるそうです。合わせて「五黄の寅」 なんか今年に明るい期待がもてそうな・・・「五黄の寅」「壬寅」我が家の寅年は、亡くなった私の祖母 明治生まれの神田生まれ。それだけでも威勢がよさそうです。年賀状印刷会社●●の解説によると「壬」の字は、「妊」の一部であることから「生まれる」「はらむ」という意味とのこと。では「寅」は? こちらは「演」の一部「人のまえに立つ」同じ読みの「延」から「のばす・成長する」という意味をもつとか合わせて「壬寅」は、「新しく立ち上がる」「生まれたものが成長する」という縁起のよいもののようです。

 「五黄土星と「寅」が重なる「五黄の寅」は、36年に一度回ってきて「周囲を圧倒する強いパワー」「強い正義感・信念、行動力」を象徴する存在とされています。

私の揚子江(多摩川)
 今年1年 「五黄の寅」にあやかって力強く、「壬寅」の恩恵に預かりたいものです。中国の人とはこういう思いを共有できるでしょうね。アメリカ人や他の文化圏の人と共有するのは難しそうです。だいたい12年で1周するといわれても「何が?」と逆に問われて答えられません。

 中国からの大きな文化の流れの下流に位置する日本、今年は、中国と西欧文化圏との梯の役割を果たしてゆきましょう。岸田さん よろしく!



 

2021年12月8日水曜日

COVID19 VS 自転車


 

 週に3回 アルバイトに行きます。駅から 20分ほど川沿いを歩きます。朝日を浴びて歩く川沿いの道は、気持ちのよいものです。 が この川沿いの道が 朝晩の通勤・通学時間帯は、命がけの道になってしまいます。

 『ステルスか? 歩道疾走 雨合羽 』  

これは 今年7月の私の一句

歩道者右側通行 自転車左側通行を守って! お願い! おばあちゃんは、バランス悪い、耳聞こえない、目よく見えない。後ろ姿じゃわからない。

昔、染織工房が立ち並び芹沢圭介が親しんだ川は、変わらないけれど・・行き交う人の忙しさ、早さ、モラルハザードは、昔の比では、ありません。歩行者右側を死守すべく日夜戦うおばあちゃんです。イヤホン学生とぶつかっても負けません。頑張れ!おばあちゃん!


   先日 痛ましい事故がありました。 老人がトラックにはねられた事故です。その後、直前に高校生の自転車に衝突したことがわかりました。 早朝自転車通学のその高校生は、イヤホンをしており前を見ていなかったということのようです。  早朝のまだ暗い時間の出来事でしたが。考えさせられました。

 不慮の事故で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。亡くなられた方のためにも同じような事故を繰り返さないために「自転車と人の通る道を分離する街づくり、自転車のルールを守る社会、人間の注意力の危うさを学ぶ教育」を私たちは考えなければならず、高校生までには、自分の世界に浸って外にでたらどんな危険があるかを想像できるくらいの注意深さを身に着けてほしいと切に願います。

 8歳の「まごいち」も24インチの自転車を乗り回す自転車野郎。おかあさん!お父さん!頼みますよ。自転車保険に入っているからって安心しないでくださいね。

  

   

孫美!誕生 

同じ日 孫一のところではクロアゲハが羽化しました。    次女の出産で 大阪にきています。生後まだ10日。右も左もわからないのは、若い親たちも同じです。「意外とわかってるな」と30数年前の記憶と孫一の時の記憶をたぐりながらおばあちゃんは、がんばって「子育て支援」の一端を担っていま...